設立の経緯

  昭和22年、敗戦後の占領行政下にあって、GHQ民間情報局公安課消防行政官のジョージ・W・エンジェル氏等が日本の消防を改革する仕事を始めました。先ず手始めの仕事として、警視庁消防部関係の徹底的な調査を行うと、焦土と化した東京では、市民の中には消防が無力だったから我が家を失ってしまったという怨嗟の声もあり、「焼け野原に今更消防・防火とは」と言った社会の風潮にいたく心を痛め、新しい消防制度の構築には先ず国民の消防に対する考え方を変えることが先決であるとして、多くの市民の会合に積極的に出向いて防火思想普及を反復力説し、多くの市民の共感を得ました。

 アメリカでは連邦消防庁が開設されるまでは、消防の連邦政府機関は無く、民間団体たる米国防火協会がその役割を担っていましたが、エンジェル氏は、この米国防火協会を頭の中に描き、東京で地域ごとの防火協会を、さらには、その連合体の結成を熱心に推奨してまわりました。当時、「町会の復活」は命令一下の国家行政組織の再建につながるので不適当であるが、「防火協会」は日本の経済復興と民生安定のために必要であるとの行政指導により、消防署毎に純民間団体として防火協会が結成され、さらにその中枢体として連合防火協会が設立されました。

 こうして東京連合防火協会は、「国家再建、都市復興の道は火災予防を第一とし、このためには建築物の不燃化、科学的消防施設の整備拡充、国民防火思想の普及徹底こそが当協会の義務である。」との理想も高らかに草の根を分ける地域活動を開始し、その事業は今日まで脈々と引き継がれています。

 また、初代会長の小笠原三九郎氏を中心とした東京連合防火協会は、消防組織法や消防法の制定に尽力し、当時警視庁の傘下に置かれていた消防が独立して東京消防庁に、また内務省の一課であった消防課が国家消防庁に昇格した陰で、組織的に大きな役割を果たしています。

東京連合防火協会設立趣意書                                     

東京連合防火協会の沿革   安全宣言と決議  東京を震災から守るための総会決議

● 昭和22年5月 18名の発起人により本会設立趣意書を各防火協会及び関係機関に呈示し賛同を依頼                                                      

● 昭和22年6月 警視庁会議室において創立総会を開催、満場一致の賛同を得て本会が創立される

● 昭和22年9月 会長名をもって財団法人の設立許可申請を東京都知事に提出

●   同年10月 財団法人設立許可書が東京都知事から交付され、財団法人としての業務を開始

● 平成22年9月 公益財団法人の認定申請を東京都知事に提出

●   同年10月 公益財団法人として東京都知事から認定

●   同年11月 公益財団法人へ移行し業務を開始